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2009年08月 アーカイブ

2009年08月07日

足の保護を基幹として衛生

足の保護を基幹として衛生、外見の装飾等の目的として人は履物を備える。履物の変遷として日本では、古来は屋外での下穿きとして草鞋や草履、下駄、雪駄、脚半等を履いて行動し、屋内では主に裸足または足袋で生活をしていた。 今日では人は下穿きとしてサンダル・靴・ブーツまたは長靴等を主に履いているが、それは服装や作業に合わせて大きく変更される。 例えとして、作業着の一部として地下足袋を土木工・左官等が多用しており、他に着物等和服に併せて草履を履き、今日最も流通している洋服に合わせて洋物であるパンプス、ヒール、シューズ等を履く。またそれらを履く時は素足ではなく中履きとして靴下・ストッキング・足袋等を採用していることが多い。

足袋や五つ指が分かれた靴下などは水虫に罹り難いとされる。踵の厚い角質を洗い落とす為に軽石を用いる場合がある。
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近年は疲れや凝りを解す足のリフレクソロジーやフットケア、臭いを抑え疲れを解す目的でアロマセラピーを併用したものを足に施す事が流行している。また足の爪は今日の生活上、物理的素因にて変形変質し易く、それらの改善のためにネイルケアを施す事が多くなっている。

動物や昆虫、机等の同じものを指す時は脚という漢字を主に使い、ヒトのそれを指す時はあまり区別なく足と脚を使う。

2009年08月19日

考古学は皇国史観歴史や日本歴史とは

考古学は皇国史観歴史や日本歴史とはまったく別個の存在であったために、天皇制と軍国主義は、考古学を活用する場を探し出すことができなかった。こういう中で、考古学は「研究の自由」を保証され得たし、抑圧の中に「自由」を享受した。

それに対して、アジア各地へ出て行く日本人学者の考古学研究はどうであったか。そこには、興亜院・外務省・朝鮮総督府・当時の満州国・満鉄・関東軍の援助があった。これらの調査研究も、また、神国的・侵略的史観に抵触しない限り「自由」が保証された。中国学者と一部との合作を企画して結成された東亜考古学会も、学者のあるべき姿として評価された。考古学者自身も、純粋な研究のため、いろいろな制限からの開放を願い、進んで大陸に出かけていった。

宮崎県の西都原古墳群の発掘が県知事の発案で1912年(大正元年)から東京帝国大学(黒板勝美)と京都帝国大学(喜田貞吉・浜田耕作)の合同発掘が行われた。1917年(大正6年)京都大学に考古学講座がおかれた。浜田耕作を中心に基礎的な古墳研究が始まった。考古学における大正時代は、古墳研究の基礎資料の集積時代であった。
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20世紀の間に、都市考古学や考古科学、のちには「救出考古学」(レスキュー・アーケオロジー、日本でいう工事に伴う緊急発掘調査を指す)の発展が重要となった。

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